ピアノという名の迷宮にて

奥深いピアノの世界を、ふらふらと彷徨っています。

ピアノ再開後に練習した曲・4 

ゴールデンウィークに入りました。

今年は、土日と祭日が重なったりして、なんとなく損した感がありますね。

しかも、前半はおもいきり飛び石だし…

花粉症もちの私ですが、なんだか今年は花粉症であることを忘れていることが多いです。

この時期になると、飛散している花粉の量自体が少なくなっていることもありますが、

毎年、この時期はまだ鼻がグズグズしているはずなのですが…?

いったいどうしたんでしょうね?それとも、本番はこれから、だったりして…(汗)


今回はピアノ再開後に練習した曲・4です。

取りあえず、今回で最終回です。

こうして改めて書き出してみると、習っている年月の割には曲が少ないなぁ、というのが正直な気持ちです。

私はどちらかというと、かなり不器用なタイプですので、そつなくこなすことができません。

人の倍、時間がかかっているといっても良いと思います。


     曲名の文字色について:ピンク文字は、前の先生に教えていただいた曲
                グリーン文字は、今の先生に教えていただいた曲。

○モーツァルト → ピアノソナタ K.V.332・K.V.309(練習順)
 
  モーツァルトって楽譜が見た目易しいのに、表現するとなると凄く難しかった。
   で、そのあまりの難しさで、一時期ピアノが嫌いになり、スランプに突入。
   私をスランプに陥れた犯人は「アマデウス君、君だ-!」(悪いのは私、アマデウス君ごめんね…)
   ということで、モーツァルトがちょっと苦手になってしまった私でした。
   K.V.310や、K.V.330とか、K.V.284の第一楽章は大好きなんですけどね。
   特にK.V.284の第一楽章は、弾いてみたいです。
   モーツァルトのソナタはこの曲が一番好きです。 


○シューベルト → 即興曲op.90-3
   高校生の時から大好きだった曲の一つ。
   ブレンデル氏の弾く、即興曲op.90の4曲は実によく聴いていました。
   私の持つ、この曲のイメージは、彼の歌曲「アヴェ・マリア」のピアノバージョン。
   スランプ中だった時に、姪が子どもの頃に教えていただいていたピアノの先生が所属する、
   「偉い先生とそのお弟子さん達の会」の演奏会を聴きに行ったことがあります。
   その演奏会で、この曲を弾いた方がいらっしゃいました。
   祈りを思わせる曲の美しさが心に染みわたり、「こういうふうに弾きたい」と涙しながら思いました。
   再びピアノの世界に引き戻してくれたきっかけの一つとなった出来事です。
   数年後、この曲にトライ。聴いたときの優雅さとはうらはらに、とても右手が忙しい曲でした。
   でも、自分で弾く超下手くそなこの曲でも、十分感動できました。
   弾けなくなってしまったのが惜しい…。再度トライしてみようかなぁ~(汗)


○ドビュッシー → アラベスク1番・夢想・ベルガマスク組曲から「プレリュード」
          子どもの領分から「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」「人形のセレナーデ」
          「雪は踊っている」「小さな羊飼い」「ゴリウォグのケーク・ウォーク」
          前奏曲第1集から「沈める寺」
(ドビュッシー好きな曲ランキング:1位)
  ・アラベスク1番は、ピアノを再開して数年後に弾いています。
   いきなり左手8分音符、右手3連符の組み合わせが出てきますが、初の複合リズム…。
   両手で合わせると、リズムがガタガタになって、
   滑らかに弾けるようになるまで少し時間がかかりました。
   2人いる私の姪たちが、この曲を気に入ったようで、数年後、彼女らも練習していました。
   ・ベルガマスク組曲の「プレリュード」は、ブーニン氏のCDを聴いて弾きたくなった曲です。
   とても素敵な曲ですよね~。出だしがカッコいいし、中間部はおしゃれな感じがする。
   ブーニン氏といえば、ショパンコンクールの優勝者ですが、
   私は、彼の弾くショパンは、アクが強い感じがして好きではなかったです。
   彼が弾くドビュッシーのCDは、「ベルガマスク組曲」と「ピアノのために」が収録されていましたが、
   結構正統派?な弾き方をしていて、とても好感を持ちました。今でも大好きなCDの1枚です
   「ピアノのために」は弾いたことないですが、こちらも大好きです。いつか絶対に弾くわよ!(笑)
  ・子どもの領分は、今のピアノの先生に教えていただいた曲です。
   どうして「象の子守唄」だけ練習しなかったのか?謎です…。
   「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」は、速度が出せないと、
   全然違う曲に聴こえてしまう曲ですね。最終的にはそこそこ速い速度で弾きました。
   難しかったのは「雪は踊っている」。幻想的でとても好きな曲ですが、繊細なタッチを要求されます。
   しかも、複合リズムが出てくる。
   左手16分音符的(8分音符半分ずらしで2声部…上手く表現できないので楽譜参照してください…汗)、
   雪は踊っている1
   右手が3連符。慣れるまで大変でした。
   複合リズムは片手ずつ弾いて覚えた後、両手で合わせますが、当然、始めはグダグダ…。
   たとえグダグダな弾き方でも、弾きながらメロディが意識できるようになったら、しめたもの。
   70%はできたと思っていい。ここは言い切ります!
   複合リズムの曲は、練習のし甲斐がありますね。出来たときの達成感も嬉しい。
   私は複合リズムの練習は苦にしません。「出来ねぇ~(爆笑)」と言いながら楽しんじゃってます。
  ・「沈める寺」は、数あるドビュッシーの曲の中ではダントツに好きな曲です。
   学生時代、冨田勲氏のシンセサイザーで、始めてこの曲を聴いて、とても感銘を受けました。
   地響き(水しぶき?)を立てて海中から浮上する大伽藍。鳴り響く鐘の音。
   トーガを着た僧侶達の祈りの歌。やがて、歌とともに海中に没する大伽藍
   すべては白昼夢か幻か蜃気楼か…?
   とにかく、イメージ湧きまくりで、練習もとても楽しかったです。


○バッハ → イタリア協奏曲(1楽章のみ)
   シンフォニア2曲しか弾いていないのに、いきなりのこの曲です。
   快活に弾ければ、とてもよい曲ですが、バッハはいつ弾いても大変ですわ…(情けない…泣)


○シューマン → 子供の情景 全曲
   大人から見た子どもの世界、ですね。トロイメライは超有名曲。
   「異国より」は、何かのCMに使われていましたねぇ。この曲と、「珍しいお話」は結構好き。
   「びっくり」は面白い曲でした。この曲は練習も楽しかったですね。
 
  
○エクスタイン → ラプソディ
   この作曲家聞いたことがないかたです。難易度は低めです。
   2人いる姪の、妹のほうがこの曲を練習していました。


○坂本龍一 → 「ウラBTTB」から、鉄道員(ぽっぽや)
   私が練習した唯一のポピュラー系の曲です。
   「ウラBTTB」は、3曲入ったCDのタイトルですが、
   この曲と、リゲインのCMで有名になった「エナジーフロウ」
   ニュース23のテーマ曲だった「put your hands up」が収録されています。
   鉄道員(ぽっぽや)は浅田次郎氏原作の、同名映画のサウンドトラックの1曲です。
   この映画は観たので、この曲を聴くと雪深い駅の情景がパァーと広がります。
   練習しながら泣けた曲のひとつです(ホントよっ!笑)
   ちなみに「ウラBTTB」のCDは私のお気に入りの1枚です。
   「ウラ」があるということは、「おもて」も当然あるわけで、
   「BTTB」というCDがちゃんと発売されています。 
  

○ラフマニノフ → 前奏曲 op.3-2「鐘」
   この曲を練習していた時に、フィギュアスケートの浅田真央さんがこの曲で演技をしていました。
   あの編曲の仕方は、あまり好きじゃなかったなぁ…。
   オクターブの和音が、とにかくたくさん出てくる。楽譜の見た目が結構凄い。
   再現部は、楽譜が4段になっていて、超ビビる(笑)
   でも、和音の並び?にあまり変化がないので、楽譜の見ためよりずっと弾きやすい曲です。
   演奏効果も高いし、カッコいい曲だしで、私が大好きな曲の一つです。


○ベートーヴェン → ピアノソナタ op.13「悲愴」
   ピアノの先生に「何の曲が弾きたいですか?」と聞かれて、リクエストした1曲。
   この曲は「ちょっと無理かも…」と先生に少し渋られましたが、無理言って練習させてもらいました。
   私は1楽章がダントツに好き。むずかしかったけれど、練習が苦ではなかったです。
   大変だったのはむしろ2楽章。オクターブが結構出てくるので…。
   分厚いヘンレ版「ソナタ1」の楽譜を買ってしまったので、これだけというのももったいない…。
   次を練習するなら「月光」か?
   でも「テンペスト」とか「熱情」とか「ワルトシュタイン」とか練習してみたいなぁ…。
   問題は、これらの曲群が「ソナタ2」に収録されているということ…。楽譜「買う?」…(汗)


○ショパン → ノクターン op.15-2 op.55-1op.48-1は挫折。いまだに最後の2ページは放置同然
        ポロネーズ op.26-1

  ・とにかく、ノクターンop.15-2は難しかった。中間部が、手が小さい人にとって、かなりの「難曲」!
   オクターブでメロディ弾きながら、内声部をパラパラ弾くのは正直キツかったです。
   よほど手首を柔らかくしてメリハリ付けて弾かないと、訳わからん曲になってしまう。
   op.15-3も少し手がけていたのですが、ちょうど先生が変わったときとぶつかり、
   途中で自然消滅してしまいました。
   挫折したop.48-1は、テクニック的に難しかったこともありますが、
   それよりも「どう弾いたら良いのか」だんだんわからなくなってきてしまった曲でもありました。
   ノクターンは、どうも自分の性格に合わないのではないか?という疑惑が発生中です。
   聴くのは好きなんですけどねぇ…(ため息…)
  ・ポロネーズp.26-1は、先生から「何弾きたいですか?」と言われ、
   当時、自分がどれくらいのレベルの曲までこなせるのか、いまいち自信がなかったので、
   先生に「この曲あたりどうですか~」と推薦していただいた曲です。
   ちなみにエチュードop.25-7と2択でした。
   両方ちょこっと譜読みしてみて、なんとなくポロネーズのほうを選択しましたが、この曲は楽しかった!
   4回出てくる速いパッセージは、
   その場所に来ると「キタ-!」と身構えてしまって、何度練習してもできませんでした(滝汗)
   でも、この曲は、先生から「相性が良かったみたいですね」と言われました。


 番外編:リハビリ中に弾いた曲
○ブルグミュラー
 → 「25の練習曲より」No.1~No.9・No.13
   怪我した指のギブスが外れた直後に、リハビリ代わりに練習した曲です。
   高校時代にNo.1~No.4まで練習して、中断。
   ピアノを再開後、No.10から練習し始めたので、(なぜか13番だけ練習せず)
   練習していない曲があったわけですが、この穴を埋めた形となりました。
   無理せずゆっくりと練習し、痛みが出たら、それ以上はやらない、というやりかたを取りました。
 
○モーツァルト → きらきら星変奏曲
   ブルグミュラー卒業後に練習したリハビリ曲です。
   リハビリには、この曲ちょっとハードじゃないですか?でも、結構楽しめた曲です。
   電子ピアノで練習していましたが、この曲を弾いているときに、
   実に良くハンマー代わりの重りが落ちて、自己判断的修理をしながら弾いておりました


さて、4回にわたり「ピアノ再開後に練習した曲」を公開いたしましたが、
残りの人生で、あとどれくらいこなせるのやら…
年々、不器用さに拍車がかかっていますし、もの覚えも悪くなるし、
比較的近い将来には、体もだんだん言うことを聞かなくなってきそうです。
はてさて、どこまで頑張れるものやら…



いつもありがとうございます。
これから購入したDVD「ピアノマニア」見ますので、レッスン記録は次回で…(すんまそん…汗)

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2014/04/27 Sun. 00:33  edit

Category: ピアノの思い出

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ピアノ再開後に練習した曲・2 

わたくし、更年期真っ最中でありますが、

一番つらいのは、とにかく疲れが取れないこと。どんなに寝てもダメです。

というか、昔から夜更かし大好きなので、睡眠時間が短い。ある意味、自業自得です。

あと、感情の起伏が凄く激しくなった、というか、超怒りっぽくなった。

仕事中でもイライラして、些細なことでプチギレしてます。

(たまに軽くマジギレして、周りをおびえさせてますけど…笑)

私、こういう性格じゃないんだけどなぁ…。もしかして、これが素の性格なのか?だったら嫌だなぁ。

もう少し、心穏やかに日々を過ごしたいのですが…。あれやこれやと溜まっているんでしょうね。

でも、会社限定なので、ご安心を…(笑)

プライベートではいたって普通です。

調子悪くてピアノにノレなくても、ミスタッチたくさんしても、ぜんぜんイライラなんてしません。

自分の好きなことをしているので、むしろすっきりです。



さて、ピアノ再開後に練習した曲ですが、1からだいぶ間が空いてしまいました。1か月振りのご無沙汰です。

1では、再開直後にいただいた課題(ラジリテー&ブルグミュラー25番)でした。

再開後、最初に教えていただいた先生は、ご出産を控えていらっしゃったので、

数か月(2か月くらい?)しか教えていただけませんでした。

なので、どんな先生だったか全然覚えていないんです。ひどい生徒ですねぇ…。

次の先生は、私とほぼ同年代。先生が変わられたことで、レッスンの時間も変わりまして、

月曜日の18時から土曜日の12時30分からになりました。

当時、土曜日も半日勤務でしたから、仕事が終わってからレッスンに行きました。

勤務先の仲間には、喫茶店で先に食事していてもらって、

レッスン終了後に合流し、おしゃべりに花を咲かせていました。



○ハノン…1番から、一応終曲の60番まで練習(後ろのほうのオクターブ部分を除く)

言わずと知れた指の練習曲。再開後、当然1番から練習。
39番の音階はカデンツの前で、必ず間抜けな間があきました。
音階から流れるようにカデンツに入れるのが理想なんですけどね。
これがなかなか難しかった。単に練習不足なだけなのですが…(笑)
(カデンツ=カデンツァのことです。ちなみにカデンツはドイツ語、カデンツァはイタリア語だそうです。
カデンツァというと、協奏曲を連想してしまうので、私はあえて音階の終止形をカデンツと言っていました。)
アルペジオの後からが急激に難しくなるような雰囲気。っていうか、実際難しかった。
オクターブ関連だけ練習しなかったのは、
先生が私の手のこと(小さい手なので)を考えて、リスクのほうが大きいと思われたのか?
終曲のトレモロはいくつかに分けて練習。
脱力が出来ていなかったので、途中で疲れてしまい、
最初から最後まで通して弾くことはついにできませんでした。
ひととおり最後まで到達するのに十年くらいかかってます。

その後、自分が使っていたハノンを姪に貸しました。

幼児期から、ヤマハ音楽教室に通ってグループレッスンを受けていた姪が、

個人のピアノ教室に通うことになって、ハノンを練習することになったから、とのことでした。

私がさんざん使い倒した楽譜じゃ、ピアノの先生もさぞや教えずらかったのではないかな?と思います。

貸したハノンは、今も実家にありますが、もうボロボロで、ほぼ解体寸前状態です。

姪が教わっていたピアノの先生は、義姉の友人でした。

私が無類のピアノ好きだということを義姉から聞いて知っていて、

先生が所属しておられた「偉い先生とそのお弟子さん達の会(正式名称は伏せますが…)」の

チケットをしばしば優先して取り置きしてくださったりしたので、

「聴きに行く?」と、声が掛かれば、二つ返事でチケットを買って聴きに行ったりしました。


(過去記事の番外編参照してください)→ 3月18日付記事

ハノンについては、今の先生になってから、もう1回練習することになったため、

新たに20番21番から40番まで載っている簡易版のハノンを購入しました。
(学習研究社 ハノン40の練習曲第2巻)

今も気が向くと、ぼちぼちと練習していますが、

簡易版ハノンだと、20番21番から30番まで、2オクターブの音域しか載っていないので、

この部分は、4オクターブの音域にして練習しています。



〇ツェルニー30番…全曲

25曲あるラジリテーを10番まで練習して、ツェルニー30番に入りました。
高校生の時にも1番と2番は弾きましたが、当時はほとんど弾けていませんでしたからねぇ。
再開後は家にピアノもあるし、昔から比べたら雲泥の差…と言いたいところですが、
数曲いただいていた課題の中で、一番サボっていたのがツェルニー30番でした。
30曲終了までほぼ丸3年かかりました。



○ソナチネアルバム・1巻…1番・4番・9番・10番・11番の3楽章

1番:クーラウ op.20 No,1 … 有名な曲です。たぶんソナチネ手がけたら誰でも1度は弾いているんじゃないかな。
                 軽快な曲で好きでしたねぇ。
                 早いパッセージが結構出てくるので、指は転びまくっていましたけど…(笑)
4番:クーラウ op.55 No,1 … 高校時代にも弾いて、ピアノ再開後の最初のレッスンで聴いていただこうと、
                悪あがきして練習していった曲。
9番:クレメンティ op.36 No.3 … この曲も1楽章が軽快で大好きでした。
                   速く弾くと、第一関節が凹む癖があり、指の形が悪いと良く注意されました。
10番:クレメンティ op.36 No.4 … 1楽章の出だしが勇壮な感じがする曲。3楽章が指が回らず、難しかったなぁ。
11番:クレメンティ op.36 No.5 … レッスンでは3楽章のみ。1楽章が結構好きだったので、独学しました。

あと、17番のドゥシェックop.20 No.1の3楽章冒頭に先生のチェックが付いているのですが、
レッスンしていただいた記憶がない。練習した記憶も、あるようなないような…why?
ソナチネはここで終わって、いよいよショパンのワルツを弾かせていただくことになりました~ヒャッホー♪



○バッハ…インヴェンション(全曲)1→4→8→10→3→9→14→13→15→2→7→12→11→5→6

楽譜の目次欄に練習した日付が書かれていますが、それによると上記の順番で練習しています。
54年かかってます。
最初に手がけたのは1番ですが、バッハはどの曲も必ず片手練習から入りました。
片手ずつで弾けるようになってから、両手で合わせましたが、
この間に見えないステップがあるようで、片手で出来ても、両手にするとボロボロなんですわ。壊滅的!
最初から両手で練習したほうが、効率良いんじゃないか?と良く思いました。
バッハは難しくて苦手でしたけど、きれいな曲が多くて「ちゃんと弾けると(笑)」気持ちよかったですね。

と、いうことで、3へ続きます。



いつもありがとうございます。なんだかこう振り返ってみると懐かしいですねぇ。練習はサボり魔でしたけど(爆)
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2013/09/11 Wed. 01:07  edit

Category: ピアノの思い出

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ピアノ再開後に練習した曲・1 

ここ数日、暑さが復活しております。

家にいる間は、日差しが入らない午前中を除き

エアコンor扇風機が常に稼働していないと、暑さで体と脳が溶けそうです。

基本的に、ピアノを練習するときにエアコンを付けますが、それ以外の時は扇風機で我慢します。

一度、熱中症になりかけたことがあって、
(あまりの暑さで気分が悪くなってしまいました。大したことはありませんでしたが…)

それ以来、無理をしないようにしています。節電より、自分の体のほうが大事ですからね。


8月9日は勤務先より、夏休みをいただきました。

午後から、2時間半くらいピアノを練習しました。しかし、全然上達しないな…(泣)

来週はレッスンがあるので、少しエンジンかけないと…。

相変わらず、右手1-4の黒鍵オクターブ取りはきついわぁ~。

少しは慣れないといけないのだけど、痛みが出るのは良くないような気もするし…。


夏休みは会社から3日もらえるのですが、続けて取っても良いし、

1日ずつ土日にぶつけて毎週豪華?3連休にしてもOKです。(3連休で豪華って、なんか情けなくね?)

残り2日の夏休は、来週のお盆時期に取る予定です。お墓参りをかねて実家に帰ります。

今住んでいるところよりも、実家のほうが涼しいです。田舎で緑が多いですからね~。

さて、我が実家のヌシ、巨大蜘蛛さんはワタシを出迎えてくださるのでしょうか?微妙です。(笑)



今回は、ピアノ再開後に練習した曲+エピの話でもしようかと思います。

過去記事にも書きましたが、再開のきっかけは

姪(お姉ちゃんのほう)が、幼稚園入園と同時に、ヤマハ音楽教室の幼児科に通うことになったからです。

小さい子どもに対抗意識を燃やしてしまったのですわ。大人げないですね~(笑)

仕事帰りに寄れるため、勤務先近くのヤマハの教室に通うことにし、

翌日、直接出向いて問合わせしましたら、6月からならレッスンできます、と言われました。

ただ、やはり土日は空いていなくて、

月曜日の18時という、今だったら絶対に無理な時間帯のレッスンになりました。

当時、私は24歳。(はるか昔の話だな~。……ハァ…ガックシ)

高校1年で、バイエル終了に毛が生えた程度のレベルでリタイアしてから、9年ぶりの再開です。

その9年間に、自己流でも練習をしていたかというと、これがほとんど皆無に近い。m9っ`Д´) ヤルキアルノカ?

20歳で初代ピアノをローンを組んで購入したものの、

そのころは、高校時代の友人たちと出かけてばかりいまして、休日はほとんど家にいませんでした。

なので、ピアノに触っている時間がなかった。

あんなに欲しいと思っていたピアノなのに、数年放置していました。

年に一度来る調律士さんには、「もっと弾いてください」と毎回言われたようです。

弾かないとピアノ線が錆びるらしい?です。

楽器は全然弾けないと、つまらないんですよね。そこで根性出せなかった私も情けないですが…。


ピアノ再開1回目のレッスンに備えて、

一応、ツェルニー30番の1番と、ソナチネアルバムの4番(クーラウop.55-1)の1楽章をさらい始めました。

レッスン初日1週間くらい前になって、慌てて昔練習していた楽譜を取り出してみました~という塩梅。

習っていた高校生の時だってまともに弾けなかったのに、

にわか仕込みの練習で弾けるようになるはずがない。(ほとんど悪あがきの世界…笑)

練習しているとと姪たち(2人)が寄ってくる。

「おばちゃん、遊ぼうよ~」「ねぇ、まだ弾くの?」「あそぼー!」「ねぇ、まだー?」

「わかった、わかったから、あともう少し待ってね」姪たちをなだめながら練習していると、

そのうち、私が着ているパーカーのフード部分に、

嬉々としてぬいぐるみを入れ始めて…(;・∀・)オマイラ、ナニヤッテイル?

こんなんじゃ練習できませんッ!


で、9年ぶりのレッスンは当然、惨憺たる出来でございましたとも!(泣)


「ツェルニーも、ソナチネもまだ早いです」ときっぱり言われ、(当然ですね…汗)

ル・クペイ「ラジリテー」とブルグミュラー25番の練習曲の「やさしい花」を練習してくるように言われ、

最初のレッスンは終了いたしました。



〇ル・クペイ「ラジリテー」1番~10番

「ラジリテー」は、「メトード・ローズ」(入門書)→「ピアノの練習ABC」と習得した生徒が
次に手がける、いわゆるツェルニーと同様の練習曲です。
ン十年ぶりに(笑)楽譜を開いてみましたが、結構、難しそうじゃないか?
ツェルニー30番の最初のほうより難しそうな曲もある…。
こんなのいきなり練習していったんだ…。スゲーな、ワタシ。
「ラジリテー」は25番まである練習曲ですが、10番で終わりにして、ツェルニー30番へ進みました。

ラジリテー1番クリックすると拡大します。モアレ線が凄すぎ…すんまそん(汗)


〇「ブルグミュラー25番の練習曲」10~12、14~25

好きだったのは12番「さようなら」。暗くてちょっと激しい感じの曲です。
こういう暗いor激しい系の曲が、この頃から好きだったんだなぁ。
25番「貴婦人の乗馬」も好きでした。(この曲は12番とは真逆の楽しい曲です。)
*追加:22番の「舟歌」も結構好きでした。ゆっくり系ですが、結構気持ちが入れられる曲に思えます。
この頃、神奈川県にあった本社(現在の本社は東京都内)のお偉いさんの家にお邪魔したことがありまして、
そこのお嬢さん(小学生)が21番の「天使の声」をピアノで弾いてくれました。
当時、私はその曲まで到達していなかったので、ここでまた大人げなく対抗意識がメラメラと…(ヲイヲイ…笑)
苦手な曲の傾向もここで明らかになっていきます。
18番「心配」、24番「つばめ」が苦手でした。
瞬時に楽譜が読めない。指が鍵盤をとらえられない。指が回らない。の「3ない」で苦しめられました。
11番「せきれい」はリズムを間違えて取っていたり。
細かい動きがどうもダメでしたね。これは、今もたいして変わらないかもしれません。(笑)



いつもありがとうございます。長いので続きます。さすがに眠くなってきましたし…
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2013/08/10 Sat. 02:44  edit

Category: ピアノの思い出

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中学~高校時代に習った曲 

暑いのが嫌いなのに、なぜか寝室にはエアコンがありません。

「エアコン付けて寝たら、体に悪そうだからね」と周りには言っていますが、単に買ってないだけ。

ここ数日、夜が涼しいですが、(17日の朝は、「寒っ!」と目が覚めたくらいです。)

熱帯夜だと、毎朝汗まみれの状態で目ざめます。まさに汗だくです。

丼物の「つゆだく」は美味しいですが、暑さのあまりの「汗だく」はいただけない。(やっぱり暑さで頭やられてるでしょ?)

枕元にスポーツドリンクを入れた水筒を置いて、

夜中に「あっつうー!」と目が覚めてしまったときに飲めるようにしておきますが、

身体が完全に脱水状態になっているのがわかります。口の中カラッカラだし…。

熱中症で、眠ったまま昇天しないよう気を付けないと。

この話をピアノの先生にすると、

「エアコンがあるリビングで寝たほうがいいんじゃないですか?」と心配されます。

寝室に涼めるものが何もないので、扇風機くらいリビングから持ち込むかな…。

っていうか、エアコンくらい買えよ~!ですよね。(;´∀`)


昔習った曲です。

ブログネタ無くなってきたでしょ?とか言わないで~。だって正解なんだもん。(´∀`*)ウフフ


中学3年9月~高校1年4月

 〇バイエル…3~31、35~40、44~62、64~85、87~106

    習い出したのは中学3年の9月からです。
    何回もこのブログに書いていますが、当時家にはピアノはおろか、オルガンすらありませんでした。
    今みたいに、電子ピアノが数万円で買える時代であったら、
    ピアノを中断させることなく続けていただろうし、
    もう少しまともに弾けるようになっていたかも?と思うと、これはもう、ものすごく悔しい!
    しかし、短い間であっても、習わせてくれたことについては、親に感謝しています。
    当時の月謝4,000円は、結構高額だったと思うから。

    100%学校のピアノだけで練習しました。
    部活で合唱をやっていたので、部活練習後に弾いたり、
    日曜日もピアノを弾くためだけに学校に行ったりました。
    最初の難関が16番。左手が15番までにはなかった動き(と言うほどではないですが)で、
    最初ちょっと指が混乱しました。すぐ慣れましたけどね。
    62番は音をよく外しました。音が飛びまくるこの曲は難しかったなぁ。
    100番は、ほかの曲より練習する時間が作れたせいもあり、ほぼノーミスで弾けて、
    丸をたくさんいただきました。今ならさしずめ「花まる」というところでしょうね。
    普段が普段なだけに、普通なら当たり前のことなのに、先生にいたく感動されました。
    よほどひどい生徒だったんだな。(;・∀・)ナサケナイ…
    106番だけは、これバイエルのレベルじゃないでしょ?という感じがしました。

    それにしても、100%出張練習だけで、よく終わらせることが出来たなぁと、今でも感心しています。
    出来は練習時間が少なすぎで、当然最悪でしたけどね。
    先生も教えがいがなかっただろうなぁ。
    中学の時の同級生に「ピアノを習い始めたんだよ~♪」と何気に話してしまったら、
    よく「バイエル終わった?」とか冗談っぽく言われました。
    励ましの気持ちもあったのだろうと思いますが、言われるのが嫌でね。
    ちょっとだけ気合い入れましたが、
    結局、中学卒業するまでに終わらせることはできませんでした…。

       
結局バイエルを終わらせるのに8か月もかかりました。

過去記事にも書きましたが、そのあとがハノン・ツェルニー30番・ブルグミュラー25の練習曲・

ソナチネの4冊となり、バイエル1冊でも持て余していた私は、当然続けられず、

ピアノ習いだして、ちょうど一年でリタイア…。



高校1年5月~8月

 〇ハノン…1番~4番

    指の練習曲で、譜読みが簡単なこともあって、いちばん真面目に練習していきました。
    スタッカートやリズム練習も課題で出されました。
    よく本の後ろのほうを見ては「コレ弾けるようになるのかしらん?」とビビっていました。



 〇ブルグミュラー25の練習曲…1番~4番
       
    2番の「アラベスク」は有名ですね。左手が動かなくて、指が転びまくっていました。
    とにかく4番が難しかった!1-4と2-5で6度を弾くのがきつくてね。
    手が小さいうえに、力がガチガチに入ってしまって、
    弾き方のマズさで難しさのレベルを勝手にあげてました。
    この曲は、1年半前に怪我のリハビリでもう一度弾きましたが、あっさり弾けて驚きました。
    っていうか、弾けないほうがよほど問題ですが…(笑)



 〇ツェルニー30番…1番、2番
      
    練習曲嫌いはこの時期からありました。あまりの弾けなさに、わざと楽譜を持っていかなかったり、
    とんでもない生徒でありました。(ゴメンナサイ、反省してます、ハイ)



 〇ソナチネアルバム1…クレメンティop.36-1の1・3楽章・クーラウop.55-1の1・2楽章

    クレメンティはソナチネアルバム1巻の7番、クーラウは4番です。
    4番のソナチネは結構好きだったなぁ。
    約9年ぶりにピアノを再開した時に、この曲を練習していきました。
    再開後にこの曲はもう一度練習しています。
    4番の2楽章は一部記憶が怪しいところはありますが、今でもなんとなく弾けます。
    
    
 
 ピアノのレッスンはやめてしまったけれど、
 バイエルの最初のほうにある、先生の伴奏譜で遊んでいた形跡が
 楽譜に残っています。仲間に生徒役やってもらって、連弾したりとかしていました。

 この9年のブランクは実にもったいなかった。もう少し早く再開すれば良かったなと今も思います。



いつもありがとうございます。「後悔先にたたず」を身を以て経験したわたくしです。
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2013/07/18 Thu. 02:35  edit

Category: ピアノの思い出

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Long long ago… 合唱曲の伴奏をした話 

高校時代、合唱曲の伴奏をしたことがあります。


私が通っていた高校では、クラス対抗の合唱コンクールが年に一度ありまして、

課題曲と、自由曲1曲を全クラス参加で歌うのです。

高校2年の時、「空がこんなに青いとは」(小学生が歌う程度の曲です)が課題曲になったことがあり、

伴奏というものを一度やってみたかったので、トライさせてもらいました。

自由曲は伴奏が難しかったので、違う人にお願いしましたが…

(舞台で歌う機会が多かったので、今よりずっと舞台度胸がありましたね。今じゃ出来ないだろうな~)

伴奏は簡単だったのですが、上手く弾けないところが一か所だけあって(エンディングの部分)

さんざん悩んだあげく、指使いを変える(右手で弾くところを左手で弾く)ことで解決させました。

(何しろ、当時の最終学歴?がバイエル卒ですから!高度なことはしてませんので。念のため)

ピアノ譜の上段を右手、下段を左手で弾くという概念に囚われすぎていたのかもしれません。

でも、弾き終わってから、急に足ががくがくしてきて、ちょっと恥ずかしかったな。


合唱部内ではモーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」。こちらは先生のご指名でした。

クラス対抗の合唱コンクールで、伴奏をやったことから、

「kusuさんは、少しピアノが弾けるらしい」と思った先生の、

私の経験値アップのための、粋な?計らいだったのかもしれません。

この曲、凄い苦労したんです。

ピアノが弾ける仲間には「この曲そんなに難しくない。むしろ簡単な部類だよ」と言われましたが、

バイエルを至極いい加減にやってきてしまった私には、簡単な曲など存在しません。

なんとか弾きましたが、私のモーツァルト苦手意識はここから始まってしまったのかもしれません。



毎年の文化祭で、我が合唱部は、歌劇を1時間程度に抜粋したものを披露するのが活動の一つでした。

3年生が主に歌い、1年・2年生は裏方+たまに出てくるバックコーラスみたいなものに参加します。

模造紙を張り合わせて背景を書き、道具類や衣装とかも自分たちで手作りです。

モーツァルトは基本的に苦手な私ですが、高校2年の時にやった歌劇「魔笛」は好きでした。

文化祭では日本訳で歌ったので、CDとかでドイツ語で歌っているのを聴いても、

日本語訳の歌詞がなんとなく出てきて、今でも口ずさんだりできます。

(歌詞をはっきり思い出せないところもありますが、意味合い的なものは覚えています。)

歌っている意味が分かると、歌劇は格段におもしろくなりますね。


いつもだらだら記事をお読みいただき、ありがとうございます。
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2013/04/14 Sun. 03:35  edit

Category: ピアノの思い出

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教えていただいた先生について 

ピアノ歴が長いもので、先生が何回か変わっています。

ヤマハ音楽教室に通っていますが、今の先生で4人目となります。

最初の先生は、ご出産を控えていらっしゃったので、数か月しか教えていただけませんでした。


以前習っていたとき、最後に練習していたソナチネ(ソナチネアルバム1の4番の1楽章)と

ツェルニー30番の1番をなんとか弾ける程度までにして、最初のレッスンに臨みました。

結果は、ソナチネはもちろんのこと、ツェルニー30番すらもまだ早いと言われ、

ル・クペイの「ピアノの練習ラジリテー」と「ブルグミュラー25の練習曲」を練習することになりました。

「ピアノ練習のラジリテー」は1番から、

「ブルグミュラー」の最初のほうは、数曲ですが高校1年の時に弾いていたので、

10番の「やさしい花」からスタートしました。


ピアノを再開して思ったことですが、ピアノがなかった昔と比べ、

劇的に曲の完成度が上がったことに、まず一番驚きました。あたりまえですけどね。(前がひどすぎ!)

それと同時に、以前習っていた時に家にピアノがあったら、絶対続けていたのに…と悔しい思いもありました。

続けていたら、もう少しまともに弾けるようになっていたかも…?な~んちゃって(笑)

根が横着者なので、今と変わらないかもしれませんが…。


2人目の先生は、私とほぼ同年代。3~4年位教えていただきました。

ご結婚を期にヤマハを退職。個人の教室を開かれるとおっしゃっていました。

この先生には、指の腹で弾く癖をよく注意されました。

この癖がなかなか治らなかったようで、ハノンやツェルニー30番の楽譜に、指の絵をよく書かれました。

         ↓こんなのです(笑)
DSCF0874.jpg
デジカメの電池がなくて、焦って撮ったらブレブレ…。写真のセンスは皆無ですね。
ちなみに楽譜は、手前がソナチネ9番(クレメンティop.36-3)の第1楽章。後ろがツェルニー30番の8番。

中学生のころ、バイエルを習っていたときは「指の形は良いですね」と言われていたのに…。

今思えば、そこしか褒めるところがなかったのだと思います。情けない…。

レッスンから離れていた間に悪い癖が付いてしまったのかもしれません。


3人目の先生は、とにかくものすごく真面目で、きっちり教えるタイプの先生でした。

昔から手首で拍子をとる癖がありまして、「手首を振らない」と、これも良く楽譜に書かれました。

が、いまだにこの癖は出ますね。一度ついてしまった悪い癖は、なかなか直せないということでしょうね。

この先生には、手の甲に消しゴムを置いた状態で弾く、ということをよくやらされました。


ツェルニー40番はこの先生のもとで、「とりあえず」いったん終わりまして、

クラーマー=ビューロまで進んでいたのですが、

4人目の今の先生に変わったとき、私のあまりの下手さに絶句した?先生から衝撃の提案をされました。

「クラーマーはここまでにして、ツェルニー40番をもう一回やりましょう!」 Σ(||゚Д゚)ヒィィィィ!マジデ? 

まったく、情けなさ全開ですね。このばかものがっ!自業自得だーっ!!

というわけで、現在長期お休み中の「ど」が付く下手なツェルニー40番はなんと!2回目なんですぅ~(泣)

それでも、うまく弾けないって何事なの?超絶的な不器用者?才能…は間違ってもあるとは思えない。


現在の先生が教えている生徒さんで、大人の男の方がいらっしゃるそうで、なかなか根性のある方だとか…。

私はそのかたと面識はありませんが、ピアノ歴はそれなりに長いようです。

会社員は人事異動を避けて通れませんが、

異動で単身赴任になろうが、赴任先でピアノ教室を探して、レッスンを受け続けていらっしゃるそうです。

それと、もう一つ。このかたも練習曲が嫌いだそうで、

「僕は練習曲は弾きたくありません!」ときっぱり宣言し、ご自分が好きな曲を弾いていらっしゃるとのこと。

とにかく人前で弾くのが大好きなのだそうです。小心者のわたくしから見たら羨ましい限りです。


おまけ:
前回の記事で取り上げた「ベストヒットUSA]を26日に見ました。久しぶりだなぁ~。
小林克也さん、なんだか一回り小さくなっちゃった感じ。
でも、英語の発音は相変わらず素晴らしいですね。あんなふうに流暢に英語が話せたらいいなぁ。
懐かしい曲もいくつかありました。「ヒューイ&ザ・ニュース」結構好きだったな。CD持ってるし。
でも、今のヒットチャートは全然わからない。日本の曲も知らないけどさ…。
まぁ、威張れることではないですが…(笑)


いつもだらだら記事を読んでいただき、ありがとうございます。
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2013/03/27 Wed. 01:17  edit

Category: ピアノの思い出

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ちょっと、昔の思い出でも… 

私は、幼いころから、お絵かきが大好きで、

裏が白いチラシ・用済みのカレンダーの裏とかに、黙々といたずら書きばかりしていました。

なので、クレヨンとか色鉛筆、カラーペン、可愛い絵の入ったノートとかばかりを親におねだりしていました。


この傾向は、いい年したばあさんになっても続いていて、文房具系は大好きですね。

Loftがあるので、たまにカラフルなボールペンとか、いろいろ物色に行きます。

消せるボールペン「フリクション」も何本持っているんだか…(笑)

そのカラフルなボールペンを勤務先で使います。

「紫」色のペンで、電話メモ書いたりとか…(さすがに上司にはそれは出来ないので、人を選びますが…)

最近?買った大物は通販の「フェリシモ」社で購入した500色の色鉛筆!

今も販売してますよ~。25色の色鉛筆が、20か月にわたって毎月届きます。

買ってはみたものの、さすがにここまで色が多いと、ちょっと持て余し気味ですかね。

もう少し年取ったら、ボケ防止に塗り絵「も」するんだ~!と考えています。

もちろんピアノも継続です。


ちなみに、小学生の当時、女の子なら欲しがるお人形とかぬいぐるみとかは、全然興味ありませんでした。

友達はみんなリカちゃん人形とか持っているんですよね。

家に遊びに行ったりとかすると、見せてくれたり貸してくれたりするんですが、

それでも欲しいとは思ったことがありません。


こんな調子だったので、音楽に縁のない子ども時代を過ごしてきました。

家にあった楽器らしいものは、雅楽とかで使う横笛、なぜか尺八、それと兄が持っていたギターくらい。

年の離れた兄が、よく洋楽のレコードを聴いていましたが、

そういうのに興味を示して、一緒に聴いたりとかしたこともありません。

中学・高校生になってから、ビートルズ初期の曲を聴いたときに「あぁ、この曲知ってる」と思ったことがあります。

無意識のうちに耳に入っていたんですね。

と、ここまで書いて思い出したことがあります。

小学生のときでした。何年生だったかは記憶にありませんが、

兄からドラムのたたき方(リズム取りの「さわり」のようなもの)を教えてもらった記憶があります。

ドラムスティックじゃなくて、水色のプラスチックの棒を両手に持って、よく座布団をたたいていました。

なんだか懐かしいぞ~!


そんなわたくしが音楽と関わってきた過程はこんな感じです。


中学1年くらいのときでしたでしょうか?ちょっと記憶があいまいです。

カーペンターズが来日し、来日公演をテレビでオンエアされたかで、兄がそれをテープに録音したんですね。

それを聴かせてもらったことがありました。操作方法を教えてもらって、しばらくはそのテープばかり聴いてました。

当時はカセットテープがようやく売り出されたくらいの時代。兄が持っていたのはオープンリールテープです。

オープンリールなんて、若いかたは知らないだろうな~。

で、兄が自分の部屋に入り浸りの私をウザいと思ったのか、ラジカセを買ってくれまして、

まず、ラジオの深夜放送を聞くようになりました。


中二の冬くらいに、FM-NHKで「ショパンの時間」(番組タイトルの記憶あいまいです)という番組を見つけまして、

私にとっての目標曲(ラスボス曲)である、バラード1番と3番にも出会います。

この番組のおかげで、A・B面で120分録音できるカセットテープ1本、ぜんぶショパンの曲というテープができまして、

これをよく聴きながら、高校受験勉強らしきことをしていました。


                 (コンパクトカセットーwikipedia より)

このSONY社のカセットテープがお気に入りで、よく買ってました!これは懐かしい~!
(ラベルの色が録音できる時間ごとに違う、というところがお気に入りポイントでした。えっ、変ですか?
画像は60分テープ-ラベル赤・120分テープ-ラベル青。他に90分テープ-ラベル緑・30分?テープ-ラベル橙がありました)                           

これが高じて、高校生になってから、

いまでこそオタクの街と化してしまった秋葉原まで、レコードを買いに行くようになりました。

秋葉原のレコード屋に行くと、古い録音の輸入盤レコードとか、

地元には絶対置いていないようなレコードがたくさんあって、物色するのが楽しかったですね。


ピアノは、中三の9月から習い始めました。

独学のような時期もあったのですが、どうも上達しないので、習いにいくことにしたのですが、

家にオルガンすらない環境ではきついですね。(2月14日・15日の記事を参照してください)

で、当然続かず、1年後に無念のリタイア。


20歳(入社1年目)冬のボーナスをまるまる頭金にしてローンを組み、カワイの電気ピアノを購入。(品番わからず)

クラビノーバを購入するまでの12~3年使用しました。現在も実家にあります。

姪2人もピアノを習っていたので、兼用で使ってました。

この電気ピアノ、構造は普通のアコースティックピアノで、電源を入れると音が大きくなるタイプのものです。

(アクションも普通のアップライトピアノと同じものが使われていましたが、高さが110cm位で低かったですね)

電源を入れなくても、小さいながらもちゃんと音が出たため、調律が必要でした。

ピアノは弾かないと弦が錆びるようで、よく調律師さんに「もっと弾いてください」と言われました。

ピアノを買ってみたものの、20代の初めの頃は、休みになると友人と出かけてばかりいまして、

家にほとんどいない状態。ピアノはたま~に触る程度でしたから、調律士さんが嘆くのもむべなるかな、です。


ピアノ再開は、結構単純な理由です。

上の姪が、ヤマハ音楽教室の幼児科に通うことになったんですね。

じゃあ私も、と言うことで「右へならえ」しちゃったんですね。きっかけなんてそんなものです。

自分的には23歳で再開したと思っていたのですが、古い日記を読み返しましたら、24歳からとなっていました。

で、そのまま現在に至ります。しかし、よく続いているな~。

でも、上達感があまりない気がするのは気のせいだろうか?

何しろ、新しい曲に入って、前の曲をあまり弾かなくなると、すぐ弾けなくなっちゃうんですね。

弾けるようになるまでには膨大な時間がかかるのに、

弾けなくなるのはアッという間なのはなぜなんでしょうね?

先生がおっしゃる通り、楽譜を理解していず、感覚で弾いているせいでしょうか?暗譜も適当だしな…。

2013/03/20 Wed. 21:18  edit

Category: ピアノの思い出

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ピアノを習い始めるも、渡るピアノの世界は苦難だらけ - part 2 

キタ━━━━(´□`。)━━━━!!!!

「キター!」なのに、この全然嬉しくなさそうな顔!

実は、Microsoft Office Specialist(略称MOS)の、PowerPoint試験を受けることになりました。

簡単に説明しますと、MOS試験とは、Microsoft社の有名ソフトウェアである、

Excel(表計算ソフト)、Word(ワープロソフト)、PowerPoint(プレゼンソフト)等を

「私は使いこなせますよ~!」という公的証明となる試験です。

持っていると就職に有利らしいので、ご存知の方も、試験を受けられたかたも多いかと思います。

今働いている会社の年度計画に、「公的資格を取る」というのがありまして、

試験費用は会社持ちで、仕事に関係する資格を取らせてもらえるわけですが、

今年度は、計画人数に達しないということで、私にも白羽の矢が立ってしまいました。

上司「kusuさん、PowerPoint、まだ資格取っていないよね?今回、受けなさい!」

kusu「(うげっ!)それは業務命令ですか?」

上司「はい、業務命令です!(何、寝ぼけたことを言っているんだ?)」

kusu「……承知しました。」

という、どこかで聞いたことのあるような会話はありませんでしたが、

試験は受けなければいけないことになりました。

ExcelとWordは仕事上、年中使っていることもあり、5~6年前に試験を受け、合格もしていますが、

PowerPointはまったく使ったことがないんです!

そのテキストが、今朝出社したら机の上に置かれてあり、冒頭の「キター!」となったわけです。

試験費用を会社が出してくれるんだから、贅沢言っている場合じゃないのですけどね。

それにしても、この年になって試験とは…。覚えられるかな~。



前置きが長すぎましたが、前回の続きです。

先生のお情けで、なんとかバイエルの最後までたどり着きました。

独学で「エリーゼのために」を練習していたときは、

楽譜を見て弾くことなんて、まったくできませんでしたが、(覚えないと弾けない状態ですね)

ある程度、楽譜を見て弾くことが出来るようになったことだけでも良かったと思います。

今思い返すと、バイエルをグランドピアノで練習していたんですね!

なんという、ありえないほどの贅沢!

音楽教室のピアノですら、アップライトだったのに…。

見方を変えれば、休日に学校まで通っての練習ではあったけれど、

きわめて恵まれた環境だったとも言えるわけです。(かなり負け惜しみ入ってるけど…)


さて、バイエルが終わって、次にもらった曲が

「ハノン」「ブルグミュラー25の練習曲」「ツェルニー30番」「ソナチネアルバム1」の4冊!

家にピアノがないのに4冊もこなしきれるはずもなく、

ブルグミュラー25の練習曲は4番まで(4番が全然弾けなくて大変でした)

ツェルニー30番は2番まで

ソナチネは7番の1・3楽章と4番の1楽章のみ

ハノンは4番まで

学校のピアノで練習することで、数曲こなしたものの、

ほとんど弾けない状態でレッスンに臨むのも先生に失礼だし、

自分のあまりのふがいなさに情けなくなってしまって、不本意ありまくりでしたが、リタイアに至ります。

今思えば、先生にお願いして、1~2冊にしてもらえば良かったんですよね。

ばかだなぁ、ワタシ…(泣)


なんで、学校で練習できたかというと、中学・高校ともに合唱部に所属していたわけで、

自分にとって、ピアノは家にはないけれど、一番身近な楽器だったからです。

高校の合唱部の顧問の先生は、高校での音楽の先生でしたが、

アマチュアの合唱団に入っていらっしゃっるかただったので、練習はとても厳しかったですね。

先生が高田三郎氏の曲が好きだったのか、

組曲「水のいのち」とか「心の四季」とか、よく歌いました。

中田喜直氏が作曲された、全5曲からなる「美しい訣れの朝」は、

「おかあさん」という曲しか歌いませんでしたが、全部好きでした。

『死の病に侵された女性が、亡くしてしまった自分の子どもと、

置いて行ってしまうことになるパートナーを病床の中で思う』というような内容なのですが、

終曲では、その女性が空から「どうか、いつも空を見上げて。お願い…」と祈る曲になります。

涙なしでは聴けないです。(だめだ…思い出しただけで、本当に泣けてきた…)

この曲、伴奏がものすごい難しいんです。

2級下にピアノがとても上手な女子がいまして、この曲だけは、彼女しか弾けませんでした。

2013/02/15 Fri. 23:50  edit

Category: ピアノの思い出

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ピアノを習い始めるも、渡るピアノの世界は苦難だらけ 

13日の朝刊の別刷りに公立高校の入試問題が掲載されていました。

現役から離れて何年よ?もう昔すぎて10本の指じゃ数えられない!

ちょっと興味をそそられたので見てみます。

まずは国語…………老眼のせいで、問題の字が見えねぇ~(泣)国語はやめておこう。

次は理科。最初の問題は解った。次は……ま、次行こう、次!

社会なんて地元問題なんてあるの~。さっぱりわかんないや…あはは… ┐(´―`;)┌

地図見るのが大好きな私、地図問題はわかりそうなんだけど…

そもそも問題の最初にある駅ってどこだよ!?眉間にシワ寄せて探すこと10秒…、あったあった…

細かすぎて、地図判読に時間がかかりすぎる…orz

数学は最初の計算問題で点を稼いだっけ。…なんでルート計算なんてあるの?因数分解って何だっけ?

英語はやる気なし!(試験ではシャレにならないぞ)

ガク━━( ̄- ̄)━━(-_-)━━(_ _)━━━リ

今だったら、間違いなく中学浪人だわ!っていうか、そろそろ老眼鏡買わなきゃだめかしら?



昔、私が持っていた子ども用の百科事典のなかに、音楽関係の本がありました。

EPレコード(CDなんてない時代でした)が付いていて、その解説本、

それから、りっぱな装丁の歌集が付いていたように記憶しています。

クラシック音楽なんて、それまで全然興味がなかったので、その本の存在すら忘れていたほどだったのですが、

本を開いてみたら、「エリーゼのために」のピアノ譜がまるまる掲載されていたのに気付きました。

嬉々として五線譜ノートを買ってきて「エリーゼのために」を写譜すると、独学で練習を始めました。

有名な曲ですから、当時の私でもさわりの部分位は知っていました。

しかし、いざ練習をしてみると、

左手「ミミミ」(空白)右手「ミミ」(空白)左手「ミミ」(空白)右手「ミミ」……orz
(最初の部分の「ミ」の音のみで低音部から上がってくるところ。リズム通りに弾けるときれいなところです)

手が変わるところで微妙な間ができて、すんごく変!

中間部の速いところはリズム適当、音も合っているんだかいないんだか、さっぱりわからず。

とにかく左右の音のバランスなんか関係ない。両手とも元気いっぱい!力いっぱい!

リズムもグダグダで、ちょっと弾いては止まるありさま…。

弾ける人が聴いたら、絶対「何じゃこりゃ?」と言われてしまうような感じでした。


それまでピアノに触ったこともなかったので、

とにかく譜面を見て弾くことが出来ない。音読みに異常に時間がかかる。(これは今もそうですが…)

いつまでもたどたどしい状態から抜け出せない。

幼なじみの友人Nさん(彼女はヤマハの幼児科に通っていた経験があります)も

モーツァルトのトルコ行進曲に果敢にトライしていましたが、

音がぶつ切り状態で、オクターブ部分以降は完全にお手上げ状態。

そこで、家にピアノがないにも関わらず、Nさんと一緒に中学3年から習い始めました。


もちろん最初はバイエルです。

当時、高価なピアノなど買ってもらえるはずもなく、(一番安いアップライトでも30万円しました)

部活が終わってからと、日曜日に学校に行って練習するしかありませんでした。

何とかなると思っていたんですね。世間知らずにも程があります。

バイエルの初めのほうは曲も短いし、その程度の練習時間でもなんとか弾けるようになりましたが、

だんだん難しくなってくると、1週間で弾けるようにするのが困難になってきます。

レッスンで目も当てられない状況におちいるのは時間の問題でした。

先生も全然弾けない生徒相手に困っただろうなと、容易に推察できます。

to be continued …

ps : 昨日来ていただいた皆様、大変失礼いたしました。
我ながら飛ばしすぎました。ちょっと冷静になろうと思います。(でも、たぶん無理)
よろしかったら、またお越しください。

2013/02/14 Thu. 01:46  edit

Category: ピアノの思い出

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