ピアノという名の迷宮にて

奥深いピアノの世界を、ふらふらと彷徨っています。

高校時代に歌っていた曲。 

10月4日、作曲家の三善晃氏が亡くなられました。(なんと姪の誕生日でもある!)

確か、高校時代、部活でこのかたの曲を歌った記憶があるのですが、

情けないことに、何という曲だったのか、全く思い出せません。

で、youtubeを見に行ってきました。

今はちょっとPCで検索するだけで、いろいろな情報が収集できるので便利ですよね。

ありました!女声合唱のための「四つの秋の歌」の最初の曲「駅」です。

女声合唱のための「四つの秋の歌」 ←youtubeにリンクしています。

合唱コンクールの課題曲でした。私は当時高校1年。


当時の楽譜が数冊手元にあります。

いや、歌ったのはこれだけじゃないんだけどな…。

中学校時代の音楽の教科書すら処分していない私が(それって相当変な奴だぞ?)

高校時代の2年半の間に使った楽譜を処分しているはすがない。

きっと、押入れのどこかにあるはず…。

文化祭で演奏したモーツァルトの歌劇「魔笛」の楽譜もあったはずだし…?


私が高校時代は、学校にコピー機なんてあったのだろうか?

あったのだろうけど、紙代が高かったのか?使わせてもらった記憶が全くない…。

文化祭とかで使う譜面については、楽譜を1冊解体して、

なにか青色の半透明の用紙に転写して、それを輪転機にかけて印刷したような気がする。

「プリントゴッコ」みたいな感じですね。って、「プリントゴッコ」自体を知らない世代もいそうだな…

今でいう「自炊」に近い?「自炊」と比べたら、やることがかなりアナログすぎますが…(汗)


でてきた楽譜は以下の通りです。

DSCF1019.jpg ←画像はクリックすると拡大します。


左上から ○女声合唱組曲「水のいのち」高野喜久雄/作詞 高田三郎/作曲
       顧問の先生(高校の音楽の先生・アマチュアの合唱団に所属されていました)が
       大好きだったと思われる高田三郎氏の合唱曲。5曲中4曲歌っています。
       3曲目の「川」と終曲の「海よ」が好きでした。
       「川」「海よ」←youtubeにリンクしています(混声合唱です)
       この曲の楽譜は、同じ部にいた同級生から誕生日プレゼントされたものです。


      ○合唱組曲:「マリちゃんの歩いた夢」佐藤真理/作詞 中田喜直/作曲
       「ピアノ・エレクトーンと女声合唱のための」という副題?が付いてます。
        エレクトーン習っている子が部内に数人いましたので、
        部員のうち1人がエレクトーン伴奏に駆り出されました。
        伴奏がピアノとエレクトーンのコラボで新鮮な感じでした。曲自体は超シリアスです。
        この曲は朗読部分(ナレーション)があるのですが、放送部のかたにやっていただきました。


中 段  ○女声合唱組曲「心の四季」吉野 弘/作詞 高田三郎/作曲
        「水のいのち」ほど先生も熱心じゃなかったなぁ…。
         歌ったのは7曲中2曲のみ。6曲目の「雪の日に」は歌いたかったなぁ…。

        「雪の日に」←youtubeにリンクしています(混声合唱です)

      ○女声三部合唱「見えない樹」伊藤海彦/作詞 佐藤 眞/作曲
         私が高校2年のときの合唱コンクールの課題曲。

下 段  ○女声合唱組曲「美しい訣れの朝」より「お母さん」阪田寛夫/作詞 中田喜直/作曲
         私が高校3年のときの合唱コンクールの自由曲。
         当時、母が病気で入院していたので、この曲を歌うのは辛かった。
         練習中に何度泣きそうになったことか…。
         母は治療の甲斐なく、私の卒業式を待たずに他界しました。

        「美しい訣れの朝」より「あなたはいつも」「お母さん」「赤い風船」←youtubeにリンクしてます

      ○女声合唱曲「祝婚歌」和田徹三/作詞 湯山 昭/作曲
         私が高校2年のときの合唱コンクールの自由曲。
         この曲は素敵な曲でした。終わり方がとても感動的です!

         
      ○女声三部合唱「ひとつの朝」片岡 輝/作詞 平吉毅州/作曲
         私が高校3年のときの合唱コンクールの課題曲。
         「ひとつの朝」(混声合唱)←youtubeにリンクしています 
  
懐かしいなぁ~。1日でいいから、この時代に戻って歌ってみたい曲ばかりです。
それにしても、ブログに直接youtubeの画像を貼る方法が分からないなぁ…(汗)

あれぇ~?三善晃さんから話が離れてしまったぞ?(汗)




PS:ポリーニさんのショパンプレリュードのCDをTSUTAYAさんから借りました。

   高校生の時に同曲のレコードを買って聴いていますが、今回のは再録音のものです。

   おぉぉ…!演奏が全然違うわ~。熟成された感が凄くします。

   それと、シューベルトの歌曲集「冬の旅」の楽譜見つかりました。早くCD発売にならないかな~♪

   早くフィッシャー=ディースカウさんの歌が聴きたいです。もちろん伴奏もね(笑)



いつもありがとうございます。10月12日のレッスンの記事は次回に書きます。すみません(汗)
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2013/10/13 Sun. 03:43  edit

Category: 好きな曲(ピアノ・洋楽・その他)

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コメント

おじゃまします!

合唱が盛んだったんですね。
私が高校の時・・・、合唱の思い出はないですねぇー。

高校3年生の合唱曲「お母さん」のコメントを読んで、
私も心が痛くなりました。
若い時に辛い経験をされたんですね。
お母様も無念だったと思います。
人の死や「お葬式」は当たり前の事なんだけど、状況と場合によっては
本当に辛くて悲しい「お葬式」になりますね。
私の祖母は101歳で老衰で亡くなったのですが
確かに悲しいんだけど、ある意味「あっぱれ」で
みんなで快く送り出す事が出来たと思います。
でも、どうしても快く送り出せない「お葬式」もありますし・・・。

それにしても、合唱の表紙の字体やデザインが「レトロ」で
何とも言えない雰囲気をかもしだしてます。
思い出と、今までの「時間」の流れがつまっているようです。

青い半透明のアレは・・・、「ガリ版」と呼んでましたが。
書く時は「ガリきり」と言ってましたねー。

音楽って人生、ですねー。


ひさへ #- | URL | 2013/10/13 10:58 | edit

ひとつの朝!

あらまぁ!なつかしい曲がぞろぞろ♪
でも課題曲って「年齢バレ」の元ですよ~(うふ♪)
「ひとつの朝♪」 なつかしいです。
♪さあ はこぶねにのって~ とび~たぁ~とぉ~♪
の瞬間の広がりが好きでした♪

え?歌っていたか?(弾いていたか?)
それはないしょ・・ないしょ・・(うふ♪)

こうして
楽譜をただの「とざされた書物」にしておかない!
ということが、いちばんの作曲者の方の願いなのでは?
と思います。
想い出のおすそ分け、感謝いたします。

音夢鈴ーねむりんー #0gOuTkDk | URL | 2013/10/13 13:00 | edit

楽譜の表紙は…実は貧乏くさかったりします(笑)

ひさへさん、コメントいつもありがとうございます。

顧問の先生が、合唱団に所属されていらっしゃったこともあるせいで、
合唱については結構盛んだったのかな?
毎年、全クラス対抗の合唱コンクールもありましたしねぇ。

合唱コンクールは、毎年出場していました。練習も結構厳しかった。
何といっても数時間たちっぱなして、ひたすら歌うわけですから、
おかげで?学生時代は「長い朝礼」でも、貧血でぶっ倒れるということもなく…(笑)
スポーツでもそうなんですが、常勝校というのがありましてね。
まぁ上には上があるというわけで、入賞経験は残念ながらないです(汗)

柔軟運動やって、ピアノ伴奏で発声練習して、
それから曲の練習を始めるというようなパターンで活動していました。
発声練習のピアノ伴奏は、部員全員のローテーションで行なっていました。
歌う音程通りに両手で音を弾いていくだけなのですが、
数パターンあって、半音階で音程上げたり下げたりしていきます。
ピアノを弾けない子たちは、部活終わってから個室(3つありました)で練習していました。
パート練習(ソプラノ・メゾソプラノ・アルト)で分かれて音取りとかの練習もしますが、
少しですが、楽譜が読めたので、たいてい音取りのピアノを弾かされて(率先して)いました。
今と比べたら、人前でピアノ弾く機会が何と多かったか!と思いますねぇ。
なので、当時ピアノを人前で弾くことにあまり抵抗なかったなぁ。慣れとは、かくも恐ろしい…(笑)

楽譜のレトロ感は、カレンダーの写真を表紙に使っていたからかな?
部費予算の関係で、なかなか部員全員にちゃんとした楽譜が買えなかったので、
たいていブログで書いた方法で楽譜をコピーして配布していました。
みんな結構表紙作って、オリジナルの楽譜にしていましたよ。
私は専ら、カレンダーの写真を表紙に使っていました。
その曲に見合うイメージの写真があった場合の限定ですが、
湯山昭氏の「祝婚歌」では、画像には出ていませんが、昇る朝日の写真を表紙に使っています。
反して中田喜直氏の「お母さん」では、夕焼けの写真。

教科書にもカレンダーの写真を流用して、カバーにしていました。(貧乏くさ~い!…笑)
学生の頃って、そういう内職的なことをする時間がたくさんありましたね。
今じゃ考えられないほど、時間がゆっくり流れていたとしか思えませんね。
同じ24時間なんですけどねぇ…?なんでだろ?

ガリ切り、やりましたよ~。あの升目に、鉄筆で文字を入れていくのが好きでねぇ…(笑)
今でも升目に切った紙に文字を入れる的なことに、快感を覚えます。升目フェチかも…(笑)
横線じゃなくて、升目のノートとかお店で見つけると、買いたい衝動が抑えられない(笑)
楽譜はガリ切り用の用紙に似たものと一緒に機械に通して、黒い部分だけ蝋を溶かして
(この辺が「プリントゴッコ」と同じ原理を使っているのかな?と思います)
それを輪転機のような機械で数十部印刷した記憶があります。
わら半紙がすっかり茶ばんでしまって、月日の経過を感じます。しみじみ…(笑)

母のことですが、私が中学の時に癌が見つかって、
ちょうど3年後くらいに再発して…という感じでした。
様子がおかしいのをずっと放置していたせいで、
癌が見つかったときには、かなりステージが進んでしまっていたようです。
私も学生だったし、父親も働いていたので、義姉が最期まで面倒を見てくれました。
義姉にはとても感謝しています。
まだ高校生の私のことが、さぞや心残りだっただろうなと思うと、何ともせつないですね。
なので、ドラマとかで人が死んでしまうシーンとか見ると、涙が止まらなくなってしまうんですわ。
33回忌の法事を、あの東日本大震災の日の午前中に執り行ないました。
すべてが終わった後、あの激しい揺れが…!
過去記事にも書いていますが、
あれは、母があの日に家族を呼び寄せたとしか思えない気がします。
偶然にしては、あまりに出来過ぎている気がするので…。
もう、不思議体験に近い感覚ですね。
こういう体験をしてしまうと、魂ってあるのかな?と思えてきます。

病気は嫌ですね。
ひさへさんも体には気を付けてくださいね。
何か異変に気づいたら、病院で診ていただくようにしてください。
若いかたが亡くなられるのは、あまりにも悲しい…。

湿っぽくなってしまって申し訳ありません。
いつもいろいろコメントをくださり、感謝しております。

kusu #- | URL | 2013/10/13 13:03 | edit

ご存知でしたか…(汗)

音夢鈴ーねむりんーさま、うれしいコメントありがとうございます。

あら、年齢ばっちりばれましたか?
もしかして音夢鈴ーねむりんーさま、私とど○○○代(ひらがなが入ります…笑)でしょうか?
画像では、何年度の課題曲なのか、隠したつもりだったのですが、
さすがに学年まで書いたら、心当たりのある方から見たらバレバレですね(笑)
もう少しぼかしておいたほうがよかったかしら?(汗)
「ひとつの朝」は高校3年間で歌った課題曲では一番好きな曲でした。
明るい未来を感じさせる曲なので、高校の卒業アルバムにも歌詞が掲載されました。
ところで、著作権は大丈夫だったのかしら…?
高校3年で歌った2曲は良い曲ぞろいで、練習にも熱が入った記憶があります。
三善晃さんの曲「駅」は難しかったですね。
中学の時から合唱は、やっていましたが、
こういういかにも「現代曲」という感じの曲を歌ったことがなかったので、
どう歌ってよいものやら。音程取りも難しかったですし…。
こちらはNHKの合唱コンクールの課題曲ではなかったのですが、
何のコンクールだったのか…?(うーん…悩)

音夢鈴ーねむりんーさまは、きっと伴奏をされたのでしょうね。
部員の中では、「歌いたくて入部したのに、伴奏ばかりさせられる」と辞めてしまった子もいました。
ピアノが弾けると、ずーっと伴奏ばかりで、退部してしまった彼女の気持ちも良くわかりました。
高校生までピアノを続けている子はやはり少数なので、貴重な伴奏人にさせられてしまっていました。
私から見たら、「あの曲の伴奏弾けて凄ーい!カッコイイー!」とか思っていたんですけど…(笑)
ピアノを弾ける子が羨ましかったですね。今もそうですけど…。
なので、いまだに「ピアノが弾ける」ときくだけで、
そのかたに対する好意レベルが急上昇したりします。

夜、youtube見ながら、一緒に口ずさんでみたりして、良き昔をかみしめていたら、
いつの間にか朝…(うわぁ~!汗)
youtubeは時間を忘れて見入ってしまうので、ときに危険です(笑)

お越しいただき、ありがとうございました。

kusu #- | URL | 2013/10/13 13:53 | edit

まぎらわしくてごめんなさい!

まぎらわしい書き方をしてしまいました。ごめんなさい!
合唱・ブラスバンドの曲は知識として知っているだけです。
中学くらいからコンクール&レッスンで飛び回る生活でしたので
学校の部活動って、まったく経験できないままでした。
またお仕事としても、特定の合唱団に所属したことはないです。
フェスティバルっぽいイベントで伴奏を引き受けることくらいかな?

「ひとつの朝」はぐるりと時代を回って生徒に伴奏指導しました♪
伴奏者の孤独・・そういえば、その子にもあったかもしれません。

音夢鈴ーねむりんー #0gOuTkDk | URL | 2013/10/13 14:35 | edit

そうでしたか…(笑)

音夢鈴ーねむりんーさま
ご連絡ありがとうございました。

そうでしてか~(笑)
ご存じだったので、てっきり部活動で伴奏をされたのかな?と思ったのですよ。

将来、音楽関係の道に進みたいと考えておられるかたは
やはり中学生くらいから、本格的に色々な先生に教えを受けたり、コンクール受けたりなさいますね。
私の先生も同様のことをおっしゃっていました。
スポーツが大好きだったようで(なので女声の割に背が高いです。私は先生の肩の高さ位しかありません)
コンクールが近づいてくると、大好きなスポーツを止められて、
子どもの頃はそれがとても嫌だったとおっしゃっていました。
中学・高校は、特別レッスンを受けられたり、コンクールとかも受けたり、留学までされて、
多忙な生活を送られたようです。

「本当はやりたくないけど、これはこれで勉強になるかな」と割り切れる人もいますね。
私と同学年のFさんは、良く伴奏を振られていましたが、
嫌がっているそぶりは、ついに一度も見せませんでした。
歌うのも、ピアノを弾くのも好きだったようです。
ぼやいていたのは一度だけ。「複合リズムのところが弾けない~っ!」
湯山昭氏の「祝婚歌」の伴奏で、左手が8分音符、右手が3連符の箇所があったのですが、
コンクール前日になっても、その部分がなかなかできなくて、悲鳴を上げていましたが、
当日、舞台でちょっと自信なさげではありましたが、音も抜かさずにちゃんと弾いていました。
凄いなぁ、と思いましたね。

ン十年前の思い出に共感いただきまして、ありがとうございました。

kusu #- | URL | 2013/10/13 18:08 | edit

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