ピアノという名の迷宮にて

奥深いピアノの世界を、ふらふらと彷徨っています。

ちょっと、昔の思い出でも… 

私は、幼いころから、お絵かきが大好きで、

裏が白いチラシ・用済みのカレンダーの裏とかに、黙々といたずら書きばかりしていました。

なので、クレヨンとか色鉛筆、カラーペン、可愛い絵の入ったノートとかばかりを親におねだりしていました。


この傾向は、いい年したばあさんになっても続いていて、文房具系は大好きですね。

Loftがあるので、たまにカラフルなボールペンとか、いろいろ物色に行きます。

消せるボールペン「フリクション」も何本持っているんだか…(笑)

そのカラフルなボールペンを勤務先で使います。

「紫」色のペンで、電話メモ書いたりとか…(さすがに上司にはそれは出来ないので、人を選びますが…)

最近?買った大物は通販の「フェリシモ」社で購入した500色の色鉛筆!

今も販売してますよ~。25色の色鉛筆が、20か月にわたって毎月届きます。

買ってはみたものの、さすがにここまで色が多いと、ちょっと持て余し気味ですかね。

もう少し年取ったら、ボケ防止に塗り絵「も」するんだ~!と考えています。

もちろんピアノも継続です。


ちなみに、小学生の当時、女の子なら欲しがるお人形とかぬいぐるみとかは、全然興味ありませんでした。

友達はみんなリカちゃん人形とか持っているんですよね。

家に遊びに行ったりとかすると、見せてくれたり貸してくれたりするんですが、

それでも欲しいとは思ったことがありません。


こんな調子だったので、音楽に縁のない子ども時代を過ごしてきました。

家にあった楽器らしいものは、雅楽とかで使う横笛、なぜか尺八、それと兄が持っていたギターくらい。

年の離れた兄が、よく洋楽のレコードを聴いていましたが、

そういうのに興味を示して、一緒に聴いたりとかしたこともありません。

中学・高校生になってから、ビートルズ初期の曲を聴いたときに「あぁ、この曲知ってる」と思ったことがあります。

無意識のうちに耳に入っていたんですね。

と、ここまで書いて思い出したことがあります。

小学生のときでした。何年生だったかは記憶にありませんが、

兄からドラムのたたき方(リズム取りの「さわり」のようなもの)を教えてもらった記憶があります。

ドラムスティックじゃなくて、水色のプラスチックの棒を両手に持って、よく座布団をたたいていました。

なんだか懐かしいぞ~!


そんなわたくしが音楽と関わってきた過程はこんな感じです。


中学1年くらいのときでしたでしょうか?ちょっと記憶があいまいです。

カーペンターズが来日し、来日公演をテレビでオンエアされたかで、兄がそれをテープに録音したんですね。

それを聴かせてもらったことがありました。操作方法を教えてもらって、しばらくはそのテープばかり聴いてました。

当時はカセットテープがようやく売り出されたくらいの時代。兄が持っていたのはオープンリールテープです。

オープンリールなんて、若いかたは知らないだろうな~。

で、兄が自分の部屋に入り浸りの私をウザいと思ったのか、ラジカセを買ってくれまして、

まず、ラジオの深夜放送を聞くようになりました。


中二の冬くらいに、FM-NHKで「ショパンの時間」(番組タイトルの記憶あいまいです)という番組を見つけまして、

私にとっての目標曲(ラスボス曲)である、バラード1番と3番にも出会います。

この番組のおかげで、A・B面で120分録音できるカセットテープ1本、ぜんぶショパンの曲というテープができまして、

これをよく聴きながら、高校受験勉強らしきことをしていました。


                 (コンパクトカセットーwikipedia より)

このSONY社のカセットテープがお気に入りで、よく買ってました!これは懐かしい~!
(ラベルの色が録音できる時間ごとに違う、というところがお気に入りポイントでした。えっ、変ですか?
画像は60分テープ-ラベル赤・120分テープ-ラベル青。他に90分テープ-ラベル緑・30分?テープ-ラベル橙がありました)                           

これが高じて、高校生になってから、

いまでこそオタクの街と化してしまった秋葉原まで、レコードを買いに行くようになりました。

秋葉原のレコード屋に行くと、古い録音の輸入盤レコードとか、

地元には絶対置いていないようなレコードがたくさんあって、物色するのが楽しかったですね。


ピアノは、中三の9月から習い始めました。

独学のような時期もあったのですが、どうも上達しないので、習いにいくことにしたのですが、

家にオルガンすらない環境ではきついですね。(2月14日・15日の記事を参照してください)

で、当然続かず、1年後に無念のリタイア。


20歳(入社1年目)冬のボーナスをまるまる頭金にしてローンを組み、カワイの電気ピアノを購入。(品番わからず)

クラビノーバを購入するまでの12~3年使用しました。現在も実家にあります。

姪2人もピアノを習っていたので、兼用で使ってました。

この電気ピアノ、構造は普通のアコースティックピアノで、電源を入れると音が大きくなるタイプのものです。

(アクションも普通のアップライトピアノと同じものが使われていましたが、高さが110cm位で低かったですね)

電源を入れなくても、小さいながらもちゃんと音が出たため、調律が必要でした。

ピアノは弾かないと弦が錆びるようで、よく調律師さんに「もっと弾いてください」と言われました。

ピアノを買ってみたものの、20代の初めの頃は、休みになると友人と出かけてばかりいまして、

家にほとんどいない状態。ピアノはたま~に触る程度でしたから、調律士さんが嘆くのもむべなるかな、です。


ピアノ再開は、結構単純な理由です。

上の姪が、ヤマハ音楽教室の幼児科に通うことになったんですね。

じゃあ私も、と言うことで「右へならえ」しちゃったんですね。きっかけなんてそんなものです。

自分的には23歳で再開したと思っていたのですが、古い日記を読み返しましたら、24歳からとなっていました。

で、そのまま現在に至ります。しかし、よく続いているな~。

でも、上達感があまりない気がするのは気のせいだろうか?

何しろ、新しい曲に入って、前の曲をあまり弾かなくなると、すぐ弾けなくなっちゃうんですね。

弾けるようになるまでには膨大な時間がかかるのに、

弾けなくなるのはアッという間なのはなぜなんでしょうね?

先生がおっしゃる通り、楽譜を理解していず、感覚で弾いているせいでしょうか?暗譜も適当だしな…。

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2013/03/20 Wed. 21:18  edit

Category: ピアノの思い出

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